朝倉圭一『雑考 4』
1,500円(税込)
(かそけ舎、2026年10月刊)
楽しみにしていた新刊、夢中で読みました。外部の目線を内面化することで、中も変わっていく、ある種の劇薬としての「観光」。観光の面白さは、内と外が溶け合うことにあり、これは究極的にはあらゆる街で暮らす人にとって自分事となり得ると思いました。珠玉の観光論であり、生き方についての思考をぜひご堪能ください。
(以下、版元紹介文より)
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今号の主題は「観光」です。
冒頭には、1970年に吉城高校文芸部の高校生たちが書いた共同研究の序文を置きました。雑誌やパンフレットが描く「飛騨」を、自分たちがいつの間にか故郷の姿として受け入れている――彼らはそのことに気づきました。
そこから、日本アルプスの「発見」、高山本線の開通、民家ブーム、「飛騨高山」という呼び名の誕生、ディスカバー・ジャパンとアンノン族へと、飛騨高山が外からの眼差しによって書き換えられてきた歩みを辿ります。
すべての部品を取り替えた船は、元の船と同じなのか。「テセウスの船」を物差しに、まちの同一性はなにによって支えられてきたのかを問い、宮本常一が記した「寄り合い」に、答えの出ない問いと共に居続けるための手がかりを探しました。
観光地に暮らし、古民家で手仕事を商う者として、自分自身もこの問題の外には立てないことを引き受けながら書いた一冊です。